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豊後森機関庫
宿&キャンプ場 くじゅうエイドステーション
旧国鉄久大線を走る蒸気機関車(SL)の点検、格納庫として1934年に完成。
鉄筋コンクリート造りで、SLの向きを変える円形の転車台を中心に扇を広げた形をしており、当時最高の技術を用いて建築された。
車庫は久大線が全線開通とともに業務を始め、広さは1734平方メートル。
最盛期の23年には蒸気機関車25両の修理が行われ、250人の職員がいた。
機関車は60―70キロごとに石炭や水の補給基地が必要で、久大線では豊後森が補給基地の機関区に選ばれた。
戦時中は軍事輸送の拠点となったため、米軍の攻撃目標にされ、壁面には機銃掃射の弾痕が残っている。
原形のまま残る機関庫としては九州唯一、全国的にも14年に造られた京都の梅小路機関庫とここのみで、
その規模から鉄道遺産としてあらためて注目されている。老朽化のため車庫の内部は立ち入り禁止。
2012.3.24公開の映画「僕達急行A列車で行こう」豊後森機関庫がロケ地に
![]() 松山ケンイチ氏と瑛太氏が豊後森駅を走る 遠くにJAと切株山 |
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![]() 機関庫まつりポスターより |
![]() 第5回機関庫まつり入口 |
![]() 転車台 |
![]() 機関庫背面 |
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![]() 機関庫を上から見たイラスト |
豊後森機関庫保存委員会 豊後森駅 - Wikipedia |
豊後森機関庫のプロフィール ●昭和9年5月8日(1934年) 熊本建設省より森駅に正式工事認可おりる。 5月より工事着工にかかる。 ●昭和9年9月6日(1934年) 久大線工事は順調に進み、11月には全線開通予定で、最後の区間日田、天瀬間の工事が行われ、 久大線の心臓部、機関庫も順調に工事進展、保線区事務所、官舎30棟、電気、電話、給水等の 附属工事もあり、昼夜を問わずすすめられた。 ●昭和9年11月15日(1934年) 久大線、最後の区間日田〜天瀬間が開通、これにより久留米・日田間の久大西線が全線開通 ●昭和9年11月17日(1934年) 久大線全線開通 森機関庫の落成を祝う。 ●昭和20年(1945年) 米軍艦載機からの機銃掃射による攻撃で「機関区」にも被害が及ぶ。現在もその痕跡を 見ることが出来る。当時国鉄職員2名がその攻撃の犠牲となる。 ※玖珠町で最初の航空写真は、米軍によって撮影されたものだと言う。その写真には、 皮肉にも機関庫が写されていた。 ●昭和29年3月15日(1954年) 豊後森機関区は隆盛を極め、配備車は25両、職員は217人が勤務していた。 ●昭和45年(1971年) 蒸気機関車は廃止され、新しくディーゼル車が導入さる。 無煙化で同時に旧豊後森駅機関区に幕は下ろされる。 ●昭和59年11月4日 豊後森機関区開設50周年記念式典開催。 国鉄合理化で同機関区の乗務員は66人。廃止された機関庫には宮原線を最初に走った 「キハ07形式」1両が保管されていた。現在キハ07形は大分鉄道管理局が保有。 現在仕事をなくした機関庫は正面の豊後森駅を見守りながら、ひっそりと佇んでいる。 |
2011.10.17 ![]() ミニSL出発進行 豊後森「機関庫まつり」 |
玖珠町の鉄道遺産「豊後森機関庫」跡地で16日、「第9回機関庫まつり」(大分合同新聞後援)があった。好天に恵まれ、県内外から訪れた多くの鉄道ファンや親子連れらが、多彩なイベントを楽しんだ。 町商工会(河野博文会長)の主催。午前10時からあった開会式で、河野会長、広瀬勝貞県知事らがあいさつ。餅まきでオープニングを盛り上げた。 会場では、蒸気を上げて走るミニSLや線路点検などで使用されるアルミカートの体験乗車に家族連れが長蛇の列。あちこちで子どもたちの歓声が響いた。 町商工会青年部が開発した「豊後森機関庫弁当」は約300個がすぐに完売。日本各地の有名駅弁販売コーナーも大盛況だった。 他にも町内の小中高生によるブラスバンド演奏や各種団体のステージ。列車のヘッドマークや機関庫のスケッチ展示などがあり、“童話の里のシンボル”は一日中にぎわった。 同機関庫は鉄筋コンクリート造りの扇形機関庫としては九州唯一。同まつりは貴重な遺産を後生に伝えるための機運を高めようと始まり、秋の名物イベントになっている。 |
2011.10.12 ![]() 豊後森機関庫弁当が完成 SL箸置き付き |
16日に玖珠町帆足の豊後森機関庫跡地周辺である「第9回機関庫まつり」で販売する豊後森機関庫駅弁が完成した。同町商工会青年部が昨年から販売、今年は豊後牛の牛めしと、吉四六漬を混ぜ込んだ2色ごはんが目玉となる。 そのほかにも、ゆずようかん、サトイモの塩ゆで、だし巻き卵、ゆずごしょうで下味を付けた空揚げ、煮物など地場産品を使った料理が並ぶ。高野豆腐には豊後森機関庫の焼き印を押した。弁当箱は扇形機関庫をイメージした扇形にした=写真。 弁当には地元の陶芸家が作ったSL型の箸置きと、きっぷのレプリカがおまけに付く。昨年は100個が5分で完売したので、今年は300個を販売する予定。価格は1200円。 |
2011.7.3 ![]() 「コッキーちゃん」グッズで機関庫PR |
豊後森機関庫(玖珠町所有)の保存と活用を町に要望している同機関庫活用推進協議会(穴井裕康会長)は、機関庫のキャラクター「コッキーちゃん」を描いた
シャツやエコバッグを製作した。歴史的価値の高い機関庫を町外にアピールするのが狙い。4日から町内の商店街などで販売をスタートする。 同会は今年4月、設立以来初めて総会を開会。本年度、機関庫グッズの開発やホームページ作成などに取り組むことを決定。グッズの第1弾としてシャツとエコバッグの製作を進めてきた。 シャツはポロシャツ(2500円・白、黒、青、ピンクの各色)とTシャツ(2千円・白、黒、青の各色)の2種類。いずれも同機関庫保存委員会が公募した「コッキーちゃん」の絵が描かれている。Tシャツとエコバッグ(500円)には機関庫の平面図もデザインしている。 グッズは道の駅「童話の里くす」、町観光協会観光案内所のほか、昭和町と春日町の両商店街の計10カ所で販売する。「豊後森機関庫グッズ」と書いたのぼり旗が目印。旗は森地区コミュニティー運営協議会まちづくり部会の助成で作った。 尾方秀則事務局長は「今秋にはJR久大線で“まちあるき観光列車”がスタートし、機関庫を売り出す絶好の機会。グッズ販売が商店街の活性化にもつながってほしい」と話した。グッズの問い合わせは尾方事務局長(TEL0973・72・2662=尾方設計)へ。 |
2010.10.18 ![]() 動く転車台が人気、玖珠町で機関庫まつり |
国の近代化産業遺産、玖珠町帆足の旧国鉄豊後森機関庫の跡地などで17日、「第8回機関庫まつり」(同実行委主催、西日本新聞社など後援)があり、 約1万1千人が訪れた。まつりの準備中に町商工会青年部が大量の泥を取り除いたら、手動で約40年ぶりに動くようになった転車台が人気を集め、大勢の人が 記念写真を撮ったりしていた。 米軍機の機銃掃射跡が残る機関庫や蒸気機関車の方向転換に使われた転車台の歴史を知ってもらおうと、鉄道 OB会豊後森支部長の佐藤利康さん(69)が案内役になって機関庫ツアーを実施。全国の駅弁30種類の販売では、商工会青年部考案の「豊後森機関庫弁当」 100個が5分で完売した。大分市から親子で訪れた会社員佐藤充美(あつよし)さん(52)は「せっかく残っている機関庫や転車台を後世に伝えるのは大事 なことですね」と話した。 |
2010.10.18![]() “秋旅満喫”ミニSL 機関庫まつり |
玖珠町に残る鉄道遺産「豊後森機関庫」跡地で17日、第8回機関庫まつり(大分合同新聞後援)があり、鉄道ファンや多くの家族連れらが詰め掛け、多彩なイベントを楽しんだ。 町商工会(河野博文会長)の主催。開会式で河野会長や朝倉浩平町長らがあいさつし、もちまきなどでオープニングを盛り上げた。会場では線路点検などで使 用される「アルミカート」や蒸気を上げて走るミニSL(蒸気機関車)など体験型イベントに家族連れの行列ができ、子どもたちの歓声が上がっていた。 有名駅弁販売コーナーには日本各地の30種類の駅弁がずらりと並んだ。町商工会青年部が開発した「豊後森機関庫弁当」は用意した100個がわずか5分で完売する人気ぶりだった。 玖珠農業高校の生徒が作った「しいたけ石突きバーガー」の販売など各種露店が店を並べたほか、フリーマーケット、豊後森機関庫保存委員会の機関庫歴史ツアー、ステージでは地元小中学校、高校のブラスバンドや保育園の鼓笛隊の演奏などがあった。 同機関庫は1934年に開設され、SLが廃止された70年まで活躍。九州では唯一現存する鉄筋コンクリート造りの扇形機関庫。まつりは、貴重な遺産を後世に伝えるための機運を高めようと始まり、秋の名物イベントになっている。 |
2010.10.16![]() 町民の汗 転車台動かす 豊後森機関庫 |
玖珠町帆足の旧国鉄豊後森機関庫で雨ざらしになっていた転車台が、動くことが分かった。17日の「第8回機関庫まつり」(同実行委主催)を前に9
日、町商工会の会員らが周辺の草刈りや清掃をした際、転車台に大量に積もった泥を取り除き、ずれていた歯車をかみ合わせたところ、手動で動かせるように
なった。実行委は所有する町の許可を得て、同まつりで転車台を動かし、かつての機関庫の日常風景をしのんでもらう計画だ。 |
2010.10.13![]() 「機関庫弁当」いかが |
玖珠町商工会青年部(梶原友道部長、60人)は町の食材を使った「豊後森機関庫弁当」を試作した。弁当箱は扇形で機関庫の絵が描かれている。梶原部長は「町外の人が機関庫を知ってくれるきっかけになれば」と期待を込めている。 町は2006年にJR九州から機関庫跡地(1万200平方メートル)を買収。観光と町民の憩いの場として整える「豊後森鉄道記念公園整備事業計画」を策定し、機関庫を生かした町おこしを目指している。 同青年部は今年5月、ブランド開発委員会を立ち上げ、機関庫を町外にアピールできる商品の開発を進めてきた。数案の中から弁当作りに取り組むことを決め、県の「地域資源活用事業」を利用して試作品を作った。 弁当には機関庫を知ってもらうための工夫が満載。弁当箱を包むパッケージには夕日に照らされる幻想的な機関庫の姿を印刷。機関庫の歴史の説明文も添えてある。パッケージを開くと、SLの形をしたかわいい陶器のはし置きに目を引かれる。 機関庫を模した弁当箱の“屋根”を外せば、町の食材をふんだんに使った料理がぎっしり。吉四六漬けと玖珠米をまぜたご飯や地元産のシイタケなどを使った 煮物、豊後牛のしぐれ煮など。「豊後森機関庫」の文字が入った卵焼きも入っている。料理のレシピの考案は食堂などを営む部員が担当。SLはし置きの製作は 窯工房を経営する部員が行うなど、それぞれの職種を生かしてオリジナルな弁当を作った。 5日に同商工会で試食会があり、関係者ら約30人が弁当に舌鼓。デザインや味は好評だったが、「1200円という設定価格が高い」「料理の量が少ない」などの意見が出た。 弁当は17日に機関庫で開催される「第8回機関庫まつり」で午前11時ごろから販売。100個を用意している。アンケート用紙を同封しており、寄せられた意見を参考に料理や価格を検討するという。 梶原部長は「改良を重ねて、駅や列車内での販売を目指したい。県を代表するような駅弁になってほしい」と話している。 |
2009.10.19![]() 玖珠・機関庫まつり 豊後森駅は“80歳” |
「豊後森駅開業80周年祭・第7回機関庫まつり」(大分合同新聞後援)が18日、玖珠町のJR豊後森駅や駅周辺で開かれ、鉄道ファンや家族連れらでにぎわった。 駅前広場で開業80周年記念式典があった。関係者約40人が出席。記念行事実行委員長の河野博文町商工会長らがあいさつした後、森高校ブラスバンドを先頭に出席者らが豊後森機関庫までパレードした。 パレードの一行がまつり会場に到着すると、同機関庫近代化産業遺産認定記念式典を開会。一日駅長や鉄道少年団を紹介し、豊後森駅・豊後森機関庫の歴史を 報告した。特設ステージでは陸上自衛隊湯布院駐屯地音楽隊、地元の保育園、小中学校の鼓笛隊やブラスバンド、こども太鼓の演奏、コーラス、特得応援券抽選 会、ビンゴ大会などがあった。 まつり会場では、ミニSLやトロッコカーの乗車、ゲームコーナー、全国駅弁・鉄道グッズ販売、機関庫写真展示・ビデオ上映なども。 豊後森駅で一日駅長の帆足隼ちゃん(6)と幸野響ちゃん(6)=いずれも森幼稚園=の2人が、午前11時1分発の特急列車「ゆふいんの森1号」に出発の 合図をした。駅舎では鉄道ヘッドマーク展示、森駅通り商店街で鉄道写真展示会、くすまちメルサンホールで記念スケッチ・記念フォト展示が行われた。 関連イベントとして、町内外から約50人が参加して「リメンバー山頭火ウオーキング」が開かれた。 |
2009.6.16![]() 遺産の状態、コツコツ確認 豊後森機関庫 |
玖珠町の豊後森機関庫保存委員会(河野博文会長)は15日、専門家の協力を得て、本格的な機関庫の現地調査を実施。年月を経て著しく進行した劣化状況を把握し、今後の活用に向けた議論の判断材料として役立てる。 調査には県建築士会と県建築士事務所協会の玖珠支部、県玖珠土木事務所、県防水工事業協同組合、県外壁補修工事協同組合から約50人がボランティア参加。 コンクリート強度のチェックのほか、ひび割れといった破損個所や屋上の防水状況など細部まで調査。雨漏り跡やコンクリート内部のモルタル部分が盛り上がったことによる空洞なども確認された。調査内容をまとめ、保存に必要な技術や費用などを算出する。 機関庫は、鉄筋コンクリート造りの扇形機関庫としては九州唯一。ことし2月には、転車台とともに経産省の近代化産業遺産に選定された。今後の活用をめぐって、さまざまな意見が出ている。 河野会長は「今も刻一刻と劣化している。貴重な遺産を守るため、迅速な対応を町にも求めていきたい」と話した。 |
2009.2.6![]() 豊後森機関庫“遺産”選定 地元沸く |
「保存運動に弾み」 保存に向けての取り組みが実を結び、玖珠町の「豊後森機関庫」(扇形機関庫と転車台)が六日、経済産業省の近代化産業遺産に選定された。地道な活動を続けてきた関係者は「国に認められたことは、保存運動の大きな弾みになる」と喜びに沸いている。 豊後森機関庫は一九三四年に完成し、同時に豊後森機関区が発足。昭和時代の町の発展を支えた。壁には米軍による攻撃の痕跡があり貴重な戦争遺産でもある。七一年に同機関区が廃止されてからは老朽化が進んでいた。 存続を危惧(きぐ)した町民が集い二〇〇一年に保存委員会を設立。保存を求める「一万人の署名運動」を展開し、全国から目標を大きく上回る約二万三千人分の署名を集めた。活動の高まりを受け町が〇六年にJR九州から跡地を購入した。 今後は文化庁の有形文化財登録に向け申請。町の次期総合計画(二〇一一―二〇年度)で活用を検討していく。後藤威彦町長は「玖珠の名所として全国に発信 できることをうれしく思う」。保存委員会の河野博文会長は「町民が集う憩いの場所として整備し、町の発展につなげたい」と喜びを語った |
2008.10.13.![]() 機関庫をバックに子どもたちを乗せて走るミニSL |
玖珠町に残る鉄道遺産「豊後森機関庫」跡地で十二日、「第六回機関庫まつり」(大分合同新聞後援)があった。好天に恵まれ、県内外から訪れた多くの鉄道ファンや親子連れらが、工夫を凝らした多彩なイベントを楽しんだ。 午前十時からあった開会式では、浜田洋町商工会長らがあいさつ。もちまきでオープニングを盛り上げた。 会場では、蒸気を上げて走るミニSLや本物の線路を走るアルミカート、高所作業車からの機関庫見物に長蛇の列。日本各地の有名駅弁販売コーナーは、用意した八百個がすぐに完売する人気ぶりだった。 ほかにも町内の小中高生によるブラスバンド演奏や各種団体の郷土芸能のステージ。列車のヘッドマークや機関庫のスケッチ展示、ビンゴ大会、フリーマーケット、機関庫の歴史ツアーなどがあり、”童話の里のシンボル”は終日、笑顔にあふれていた。 同機関庫は鉄筋コンクリート造りの扇形機関庫としては九州唯一。祭りは、貴重な遺産を後生に伝えるための機運を高めようと始まり、秋の名物イベントになっている。 |
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